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東京高等裁判所 昭和30年(う)1959号 判決

主文

原判決中、被告人佐〓恒治に関する部分を破棄する。

被告人佐〓恒治を懲役十月に処する。

原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入する。

但し、この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人荻野森一、同伊〓寛、同岡勉の各控訴はいずれもこれを棄却する。

当審における訴訟費用中、証人矢野ふじ、同谷山英信、同荒砥二郎及び同川出僚に支給したものは被告人荻野森一の負担とし、証人毛利就に支給したものは被告人岡勉の負担とし、証人松田誠弘に支給したものは被告人伊〓寛の負担とし、証人長沢明に支給したものは被告人荻野森一ならびに同岡勉の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人荻野森一の弁護人泉芳政、被告人伊〓寛の弁護人樋口〓美及び同泉芳政(但し泉弁護人の論旨第一点は撤回された。)被告人岡勉の弁護人河村範男、及び被告人佐〓恒治の弁護人深沢良平(但し深沢弁護人の論旨第一点は撤回された。)提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用する。

第一、被告人荻野森一の弁護人泉芳政の控訴趣意について

一、論旨第一点について

所論は、「委託を受けて手形を割引した場合に得た金は一応委託を受けた者の所有に帰するから受託者がこれを流用しても横領罪にはならない。」と主張する。しかしながら、約束手形の割引の委託を受けた者が、これを現金化した場合には、その受領した金員を委託者に交付すべき義務があり、それまではこれを委託者の為に保管する義務を有すること、従つてこれを擅に自己の用途に費消すれば横領罪の成立することは論をまたないところである。原判決挙示の証拠によれば、被告人荻野森一が本件約束手形を現金化して受領した金員を委託者に交付する意思は全然有しておらず、全く自己に領得する意図の下に費消してしまつたものであることが認められるから、その行為の違法であつて、横領罪の成立することは勿論である。これを以て所論の如く単なる債務不履行に過ぎないものということはできない。要するに原判決にはなんら所論のような事実誤認の違法もなくまた法令適用の誤りも存しない。論旨は理由がない。

一、論旨第二点について

所論は、「被告人荻野が原判示谷山英信から本件約束手形の割引を依頼された際、同人との間に割引によつて入手しえた現金の半額は、同被告人において手形満期日までは使用してもよいという、いわゆる『半づかい』の特約があつた。同被告人が費消した三十五万円は割引額の半額にも達しておらず、従つてそれは同被告人が自由に費消しうる限度内の金額であるから横領罪は成立しない。」と主張する、そこで記録を調査すると、原審第五回公判調書(昭和二十七年四月三日附)中の証人谷山英信の供述記載、同第十四回公判調書(昭和二十八年十月九日附)中証人宮崎順之の供述記載ならびに被告人荻野森一の司法警察員に対する昭和二十六年十月十一日附及び同月二十五日附各供述調書、同被告人の検察官に対する昭和二十六年十月十二日附及び同月三十日附各供述調書の記載を総合すると、谷山英信が荻野森一に原判示第一の約束手形の割引を依頼した際には(一)割引料ならびに手数料は一ケ月七、八分乃至一割で数日中に現金化すること、(二)もし完全に現金化に成功した場合には割引額の半額は手形満期日まで同被告人において利用することを許容する趣旨の約定の存したことが認められるけれども、右約定の趣旨に従えば、荻野被告人においてその手形割引によつて入手した金員を利用することができるのは、約旨に従い手形金額全額につきその割引に成功した場合に限られ、未だその一部分しか現金が入手できないような場合には、総べてこれを委託者に交付すべく、同被告人においてその半額は勿論、それ以下の金員でもこれを擅に使用してはならないものであることも、また前掲各証拠に照らして極めて明白なところであるから、原判示のように、同被告人が約旨に従つた手形割引に成功した事実もないのに、その入手した金員の一部を擅に自己の用途に費消した場合においては、横領罪が成立するものといわなければならない。従つて原判決にはなんら事実誤認の疑は存在せず、本論旨もまた理由がない。

一、論旨第三点について、

所論は原判示第三の事実について、原判決の事実誤認を主張するものである。しかしながら、原判決挙示の右事実についての証拠を総合すれば、原判決認定の事実、即ち荻野被告人が原判示矢野ふじを欺いて原判示各金員を騙取し、かつ飲食代金の支払を免れて不法に利得した事実を認めるに十分であつて、被告人の右所為を以て到底通常の消費貸借に基く、債務不履行に過ぎないということはできない。その他記録を精査し、かつ当裁判所で行つた証拠調の結果によつても原判決には事実誤認の疑は存しないから、本論旨もまた理由がない。

一、論旨第四点ならびに第五点について

所論は要するに荻野被告人に対する原判決の刑が重過ぎるというのである。そこで記録を調査し、本件の罪質、犯罪の動機態様、被害の程度、犯罪後の情状、同被告人の年令、経歴その他諸般の事情にかんがみると、同被告人に対する原判決の科刑はまことに相当であつて、所論に基き記録を精査しかつ当裁判所で行つた証拠調の結果に徴してもこれを軽きに変更することはできない。論旨は総て理由がない。

第二、被告人伊〓寛に関する控訴趣意に対する判断

(一)  昭和三〇年(う)第一九五九号事件に関する弁護人〓口俊美の控訴趣意について

一、論旨第一点について

所論は、「伊〓被告人と手形割引の依頼者との間には、同被告人が費消した程度の金員は、手形を現金化する費用として、費消しても差支えないという諒解が暗黙裡に存していたから、同被告人の行為は横領罪に該らない。」と原判決の事実誤認を主張するものである。しかしながら、記録を精査しても、手形割引の委託を受けた者が、特約もないのにその現金化された金員の一部を費消することができるという慣行の存したことの認められないのは勿論、当事者間に弁護人主張のような暗黙の諒解があつたという事実もまた認めることはできない。もつとも、記録を調査すると、相被告人荻野森一や、同岡勉が伊〓被告人に本件約束手形の現金化を依頼した際には、その現金化された金員の一部を、手形の満期日まで、同被告人において利用し得る趣旨の了解を与えていた事実が窺えないことはないけれども、それは受託者たる伊〓被告人が約旨に基き当該手形の現金化に成功し、完全にその義務を履行したときは、その内三分の一乃至四分の一を手形満期日まで利用してもよいという趣旨のものであつて、現金入手の都度、その一部を逐次費消することを許容したものではなかつたこともまた一件記録に徴して推認しうるところであるから、伊〓被告人が未だ約旨に基いた手形割引の実を挙げていないことの明らかな本件においては、同被告人においてその現金化された金員を擅に処分することの許されないのは論をまたないところである。而して原判決挙示の証拠を総合すれば原判決認定にかかる事実を肯認するに十分であつて、記録を精査検討し、かつ当裁判所で行つた証拠調の結果に徴しても原判決にはなんら事実誤認の疑は存しないから本論旨は理由がない。

一、前同論旨第二点について

所論は伊〓被告人に対する原判決の刑が重過ぎるというのである。そこで記録を調査し、本件の罪質、犯罪の動機、態様被害の程度、犯罪後の情状、被告人の年令、経歴、その他諸般の事情にかんがみると同被告人に対する原判決の科刑は相当であつて、所論に徴しても決して重過ぎるとは認められない。本論旨もまた理由がない。

(二)  昭和三二年(う)第二三七号事件に関する弁護人泉芳政の控訴趣意第二点について(論旨第一点は撤回された。)

所論は要するに原判決の量刑不当を主張するものであるが、記録に徴し、本件の罪質、犯罪の動機、態様、被害の程度、犯罪後の情状、被告人の年令、経歴、ことに本件犯行が前記昭和三〇年(う)第一九五九号事件について起訴された後、保釈出所中の犯罪であることなどにかんがみると、同被告人に対する原判決の科刑は相当であつて、同被告人が別件で懲役二年の判決を受けている点やその他所論援用にかかる諸般の事情を斟酌してもなお原判決の科刑が重過ぎるものとは認められないから論旨は理由がない。

第三、被告人岡勉の弁護人河村範男の控訴趣意について

一、論旨第一点について

所論は、「岡被告人が本件手形割引に関して受領した金額について原判決の認定するところは誤つている。」と主張する。そこで記録を調査すると、原判決挙示の証拠、ことに被告人伊〓寛の検察官に対する昭和二十六年十一月一日附供述調書の記載によれば、岡被告人が原判示約束手形の割引について、昭和二十六年三月八日頃相被告人伊〓寛から受領した金員は五十万円であつて、所論のように四十万円ではないことが認められる。また原審第七回公判調書(昭和二十七年六月十七日附)中証人岡郁の供述記載と被告人岡勉の検察官に対する昭和二十六年十一月六日附供述調書及び同被告人の司法警察官に対する昭和二十六年十月二十七日附ならびに同月二十八日附各供述調書、被告人荻野森一の司法警察員に対する同月三十一日附供述調書を総合すると、岡被告人が昭和二十六年三月十三日頃岡郁を介し伊〓寛から受領した金員は九万円であり、同被告人はこれを相被告人荻野森一に交付せずして擅に費消した事実を認めるに難くない。原判決挙示の証拠のうち、右認定にそわない部分は原判決の援用しなかつた趣旨であることは原判文上明白であるから原判決にはなんら所論のような理由のくいちがいは存しない。その他記録を精査するも、原判示第一ノ(二)(1)(2)の事実につき事実誤認の疑を抱かしめるに足るものは何等存在しないのみならず、何等所論のような理由のくいちがいもない。更に所論は、岡被告人は原判示第二の(二)の事実には関係がない、横領の犯意も勿論ないとの趣旨の主張をしているが、原判決が右第二の(二)について挙示する証拠によれば優に同判示事実を認めることができる。右証拠によれば特に岡被告人が原判示第二の(二)のように、長沢明らのために保管していた原判示金員を費消したこと、ならびに右金員を費消するについて岡被告人は正当の理由を有しておらず、そのことは同被告人も十分にこれを承知していたことが認められるから、所論のように同被告人に横領の犯意がないということはできない。また所論は「原判決挙示の証拠によるも、原判示第一の(二)(1)の所為と同第二の(二)の所為とはいずれも同判示の如く単一犯意の下になされたとの事実は認められない。これを単一犯意の下になされたと認定した原判決には理由のくいちがいがある」と主張するが、一罪と認定した原判決事実を併合罪であると非難するは、被告人に不利益な主張であるばかりでなく、原判決挙示の証拠によれば、所論原判示各事実はこれを認めることができ、原判決には何等理由のくいちがい又は事実誤認の違法も存在しないことは前段説示のとおりであるから、これを数個の行為であり、併合罪であるという所論は採用の限りでない。なお、所論にいわゆる「半使い」の特約についての説明は論旨第三点に説明するとおりである。要するに原判決にはなんら事実誤認の疑もなく、理由のくいちがいも存しない。論旨は理由がない。

一、論旨第二点について

所論は「原判示第一の(二)の(1)の(イ)ならびに同判示第二の(二)について、原判決には理由を附せず、また法令の適用を誤つた違法がある。」と主張する。しかしながら原判示第二の(二)の所為が包括一罪と認めるのを相当とすることは論旨第一点で判断したとおりであり、また同判示第一の(二)の(1)の(イ)の所為は、岡被告人が昭和二十六年三月八日頃、同判示場所において相被告人伊〓寛から手形割引金の一部として、金五十万円を受領したこと、従つて、これを相被告人荻野森一に交付すべき義務を有するものであるにかかわらず、伊〓被告人の要求により、その場で十万円を同被告人に交付し、さらに翌日同所において七万円を同人に交付して横領したことが認められるから、これもまた包括的に一個の行為であると認めるのを相当とする。原判決認定の事実はすべて原判決挙示の証拠によつて優にこれを肯認することができるから、原判決には所論のように審理を尽さない違法のないのは勿論、所論のような事実誤認の疑もなく、理由不備や法令適用の誤りも存しない。本論旨もまた理由がない。

一、論旨第三点について

所論は原判決の事実誤認を主張するものである。そこで記録を調査すると岡被告人が相被告人荻野森一から原判示第一の約束手形の割引方を依頼された際、同人との間に割引料は費用を含めて月一割位、十日位の間に現金化すること、約旨に従つた割引に成功した場合には、その三分の一乃至四分の一を岡被告人において手形の満期日まで利用することができる旨の約定があつたことが認められないではないけれども、受託者たる岡被告人が手形割引金の利用が許されるのは、同被告人において約旨に従い手形金額全額につきその割引に成功し、その割引金を委託者たる相被告人の荻野森一に交付したときに限られるものであることは、原判決挙示にかかる被告人岡勉の司法警察員に対する昭和二十六年十月二十六日附供述調書ならびに同被告人の検察官に対する同年十一月六日附供述調書の各記載に徴して明白であるところ、岡被告人は原判決認定のように未だ約旨に従つた手形割引に成功しないのにかかわらず、入手した金員を委託者に交付することなく、擅に自己の用途に費消してしまつたことが認められるから、同被告人の所為が横領罪に該当することは論をまたないところである。原判決にはなんら所論のような審理を尽さないところはなく、事実誤認の疑も存しない。論旨は理由がない。

一、論旨第四点について

所論は岡被告人に対する原判決の刑が重過ぎるというのである。そこで記録を調査し、本件の罪質、犯罪の動機、態様、被害の程度、犯罪後の情状、被告人の年令、経歴などにかんがみると、同被告人に対する原判決の科刑は相当であつて、所論に徴しても決して重過ぎるとは認められない。本論旨もまた理由がない。

第四、被告人佐〓恒治の弁護人深沢良平の控訴趣意(論旨第一点は撤回された。)について

(中略)

よつて、被告人荻野森一、同伊〓寛(二件とも)及び同岡勉の各控訴はいずれも理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則りいずれもこれを棄却すべきであるが、被告人佐〓恒治の控訴は理由があるから、同法第三百九十七条第三百八十一条に基き原判決中、右被告人に関する部分を破棄し、同法第四百条但書により、当裁判所で直に次のように判決する。

(中略)

なお、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り主文末項掲記のようにその負担を定め、主文ように判決する。(昭和三三年八月四日東京高等裁判所第七刑事部)

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